てん@統計屋さんです
個人年金をFPさんに相談する程度には、老後資金の準備に興味があります。老後資金の基盤となるのは公的年金つまり基礎年金(+厚生年金)です。今般の2000万円問題に関連して、各ワイドショーでも年金の損得の話題がかなり取り上げられてますね。お金に対して損したく無い気持ちは全面的に共感します。
制度の解説に関しては
各世代の払い損、貰い得
繰り上げ下げの損得
の2つの話題が多くあるように思います。
今日私が取り上げたいのは、繰り上げ繰り下げの損得分岐点です。
この記事の目次
よくある損益分岐点解説
何歳まで生きるなら という考え方
この考え方をよく見ます。大抵の場合、受給開始年齢ごとにx歳時点での累計支給額をグラフにしています。受給開始年齢が遅くてももらえる額が多くなるので、長生きすればお得!って事がよくわかります。この結果をもとに、
コメンテーター
長生きする自信があれば繰り下げを、自信が無ければ繰り上げをしなきゃだめだ!そういうことをメディアがもっと発信する義務がある!!
とおっしゃるような、コメンテーターもお見かけしました。
この考え方には違和感
ただ、私はこの考え方には強い違和感を持ちます。単純な話です。
てん
自分が何歳まで生きるかなんて分かんないじゃん!
明確な根拠を持って自分は○○歳まで生きる、って予想出来る人ってどのくらいいるのでしょうか?おそらくほぼ皆無か、残念ながらご病気で余命宣告を受けた方だけではないかと思います。にも関わらず、無根拠な“自信”で年金受給時期を決めるのが正しいとは思えません。
平均で考えるならまだまし
もう一歩踏み込んで、平均寿命や60歳時点での平均余命なんかを参考に示すことで、「平均程度で亡くなる前提なら、何歳から受給が最もお得!」なんて考え方を紹介しているケースもあります。これは、まだ根拠が明確で良い目安だと思います。
ただし、この考察を“平均寿命”でやってる方の意見は聞かないほうがいいです。平均寿命は1歳で乳幼児突発死した方もカウントされているわけです。我々の今の興味は“老後”の資金です、60歳を迎えて公的年金の受給が可能になっている前提=60歳を幸いに迎えることが出来た方の平均余命で考えないと全く意味がありません。
平均寿命=生まれたばかりの0歳児が亡くなるまでの平均期間
○歳時平均余命=○歳を迎えた方が亡くなるまでの平均期間
てん
平均寿命=0歳時平均余命 という関係です
提案する考え方
期待値で考える
さて、ここまでがよく見る解説で、ここからちょっとだけ変わり種の考察をします。
アクチュアリー※さんたちからすればあまりに初歩的な考察だけどね
くまひろ
※アクチュアリー:保険業界の統計家
てん
う、うん・・・
ここまで何度か登場した、平均寿命とか平均余命ですが、厚生労働省が公開している『完全生命表(第22回、平成27年が最新)』で調べることが出来ます。(正確にはいくつか派生した生命表がありますが、この記事ではすべての検討を『完全生命表(第22回、平成27年が最新)』を基に行っています。)この表を見ると、男女別に、日本で生まれた100,000人の新生児が、1年後、2年後、…、110年後に何人生き残っているか、その期待値がなまなましく掲載されています。これを使って、年金受給開始時期別に、受け取れる期待額を計算します。
計算開始!!(読み飛ばしても全然OK)
65歳(標準受け取り開始年齢)の受け取り金額を100.0%とします。そのとき、各受け取り開始年齢での受け取り額は下記のようになります。
受け取り開始年齢 | 受け取り金額 |
60 | 70.0% |
61 | 76.0% |
62 | 82.0% |
63 | 88.0% |
64 | 94.0% |
65 | 100.0% |
66 | 108.4% |
67 | 116.8% |
68 | 125.2% |
69 | 133.6% |
70 | 142.0% |
※現在の制度では、一月繰り上げるごとに0.5%の減額、一月繰り下げるごとに0.7%の増額となります(60-70歳の範囲で月単位で選択可)
最大最小で倍も差があるのか!
くまひろ
この表に(とりあえず解説のために、男性の)生命表からとってきた平均余命を記載します。後の解説の都合のために生存数も併記しました。
受け取り開始年齢 | 受け取り金額 | 生存数 | 平均余命 |
60 | 70.0% | 92 646 | 23.51 |
61 | 76.0% | 92 026 | 22.67 |
62 | 82.0% | 91 338 | 21.83 |
63 | 88.0% | 90 573 | 21.01 |
64 | 94.0% | 89 734 | 20.20 |
65 | 100.0% | 88 825 | 19.41 |
66 | 108.4% | 87 830 | 18.62 |
67 | 116.8% | 86 749 | 17.85 |
68 | 125.2% | 85 582 | 17.08 |
69 | 133.6% | 84 326 | 16.33 |
70 | 142.0% | 82 978 | 15.59 |
では、まず『受給開始時期待総受け取り金額』として、年金受給を開始した方が亡くなるまでにいただける年金総額をを計算します。
てん
『受給開始時期待総受け取り金額』=『受け取り金額』×『平均余命』 と計算して算出します
↑こいつが勝手につけた名前なので、人に話して伝わらなくてもノークレームで
くまひろ
受け取り開始年齢 | 受け取り金額 | 生存数 | 平均余命 | 受給開始時期待総受け取り金額 |
60 | 70.0% | 92 646 | 23.51 | 1,645.7% |
61 | 76.0% | 92 026 | 22.67 | 1,722.9% |
62 | 82.0% | 91 338 | 21.83 | 1,790.1% |
63 | 88.0% | 90 573 | 21.01 | 1,848.9% |
64 | 94.0% | 89 734 | 20.20 | 1,898.8% |
65 | 100.0% | 88 825 | 19.41 | 1,941.0% |
66 | 108.4% | 87 830 | 18.62 | 2,018.4% |
67 | 116.8% | 86 749 | 17.85 | 2,084.9% |
68 | 125.2% | 85 582 | 17.08 | 2,138.4% |
69 | 133.6% | 84 326 | 16.33 | 2,181.7% |
70 | 142.0% | 82 978 | 15.59 | 2,213.8% |
例えば、60歳時点で早速受け取り開始したとすると、標準65歳時受け取り開始額の約16.5年分が受け取れるであろう。と期待できます。
てん
70歳で受け取り開始できれば、22年分を超えます
最大最小で約1.35倍の差か、最初の2倍差からすればそこまで大きな差ではなくなるな!
くまひろ
さて、この『受給開始時期待総受け取り金額』という指標は意思決定に用いるには不十分です。というのは、『受給開始時期待総受け取り金額』はあくまで”受け取りを開始できた場合”の期待総額だからです。もし、不幸なことに、受け取りを開始するより先に亡くなってしまったら、そもそも受け取り始めることすら出来ないという点を加味しないといけません。
てん
いま、われわれ(てんも、読者も、くまひろも)60歳を迎えたとしましょう
おれも60歳?!
くまひろ
てん
仮定の話ね
さて我々が65歳を迎えられる確率はどのくらいでしょう?これは上記の生命表から簡単に算出できます。
先に述べたように、生命表は100,000の新生児がxx年後に何人生き残っているか?が最重要な数値として表示されています。60歳男性であれば92,646人が生き残っているようです。同様に65歳男性の生存人数は88,825人に減っています。60歳を迎えた方が65歳を迎えられる確率は、この生存者数の比で計算でき約95.9%(=88,825人/92,646人)です。
さて、今60歳の我々が、「65歳から年金を受け取るぞ!」と意思決定したとすると、受給開始できた(65歳を無事迎えた)場合の『受給開始時期待総受け取り金額』は1,941.0%です。そこに、残念ながら65歳を迎えられず1円もいただけない可能性を加味した『期待総受け取り金額』は1860.9%(=1,941.0%×95.9%)になります。
『期待総受け取り金額』も、てんが勝手につけた名前なので、人に話して伝わらなくてもノークレームでたのむやで
くまひろ
この『期待総受け取り金額』を表に埋めるとこうなります。
計算結果
男性版
受け取り開始年齢 | 受け取り金額 | 生存数 | 平均余命 | 受給開始時期待総受け取り金額 | 期待総受け取り金額 |
60 | 70.0% | 92 646 | 23.51 | 1,645.7% | 1,645.7% |
61 | 76.0% | 92 026 | 22.67 | 1,722.9% | 1,711.4% |
62 | 82.0% | 91 338 | 21.83 | 1,790.1% | 1,764.8% |
63 | 88.0% | 90 573 | 21.01 | 1,848.9% | 1,807.5% |
64 | 94.0% | 89 734 | 20.20 | 1,898.8% | 1,839.1% |
65 | 100.0% | 88 825 | 19.41 | 1,941.0% | 1,860.9% |
66 | 108.4% | 87 830 | 18.62 | 2,018.4% | 1,913.5% |
67 | 116.8% | 86 749 | 17.85 | 2,084.9% | 1,952.2% |
68 | 125.2% | 85 582 | 17.08 | 2,138.4% | 1,975.4% |
69 | 133.6% | 84 326 | 16.33 | 2,181.7% | 1,985.8% |
70 | 142.0% | 82 978 | 15.59 | 2,213.8% | 1,982.8% |
さて、これで受け取り開始の最もオトクな年齢がはっきりしました。
69歳で受け取り開始!!
くまひろ
てん
70歳開始でも誤差だから「とにかく繰り下げしたほうが得!」と覚えれば良さそうですね
女性版の完成した表も載せましょう
女性版
受け取り開始年齢 | 受け取り金額 | 生存数 | 平均余命 | 受給開始時期待総受け取り金額 | 期待総受け取り金額 |
60 | 70.0% | 95 970 | 28.77 | 2,013.9% | 2,013.9% |
61 | 76.0% | 95 679 | 27.85 | 2,116.6% | 2,110.2% |
62 | 82.0% | 95 361 | 26.94 | 2,209.1% | 2,195.1% |
63 | 88.0% | 95 015 | 26.04 | 2,291.5% | 2,268.7% |
64 | 94.0% | 94 643 | 25.14 | 2,363.2% | 2,330.5% |
65 | 100.0% | 94 244 | 24.24 | 2,424.0% | 2,380.4% |
66 | 108.4% | 93 811 | 23.35 | 2,531.1% | 2,474.2% |
67 | 116.8% | 93 340 | 22.47 | 2,624.5% | 2,552.6% |
68 | 125.2% | 92 829 | 21.59 | 2,703.1% | 2,614.6% |
69 | 133.6% | 92 275 | 20.72 | 2,768.2% | 2,661.6% |
70 | 142.0% | 91 672 | 19.85 | 2,818.7% | 2,692.5% |
てん
こっちも「とにかく繰り下げしたほうが得!」ってことで良さそうです
考察①年金受取りの戦略は結構簡単かも
受給開始年齢別に受給総額の期待値を算出し、期待値の上でベストな受け取り開始年齢を算出しました。結果は男女関係なく「できるだけ繰り下げる」が最も良い選択のようです。もちろん、退職から繰り下げている間の生活費を退職金なども含む保有資産の取り崩しで対応できることが必要条件になります。よって、年金受取り戦略はシンプルに
年金受取り戦略:資産の取り崩しで行けるうちは取り崩しで生活、無理になった時点で年金受取り開始
そもそも切り崩せる資産が無くて食うにも困っているのに、年金受給を何年も我慢する…ありえないですよね。貰える額が多少下がろうが、生活するために貰わなきゃいけなくなる日はいつか来るんです。その日から貰い始めればいい話です。
考察②繰り下げ年齢の最大が75歳になったら?
人生100年時代に向けて、年金受取り開始年齢を更に75歳まで繰り下げられるようになるかも?という噂もあります。このとき、ベストな受け取り年齢は何歳になるのか?もし、”一月繰り下げるごとに0.7%の増額”のルールがそのまま適用されることになるのであれば、受け取り開始年齢を70歳より先に伸ばすのは現在の生命表からはおすすめできません。(一応計算してみてます)
しかし、おそらく「できるだけ繰り下げる」という戦略でよくなるんじゃないかと思います。その理由は「できるだけ繰り下げる」という戦略が常にベストになるように”一月繰り下げるごとの増額比率”が上がる気がするからです。十分な根拠があるわけではないですが、現行の制度設計がもともとそれを狙っているような気がします。
まとめ
期待値を計算してみての結果として、最適な戦略は下記の通りと考えられました。
年金受取り戦略:資産の取り崩しで行けるうちは取り崩しで生活、無理になった時点で年金受取り開始
本当に正確なことを言えば、喫煙習慣とか食習慣、それこそ持病によって個々人の余命は異なるはずで、この記事の考察はあくまで平均人に対してのものではあります。それでも、多くの方にとってベストな年金受取り戦略が示せたんじゃないかなと思います。
現行制度・生命表が変わると計算し直しになるけどね
くまひろ
てん
そこはまぁしゃーないやん
でわでわ
老後生活費に関してちょっとだけ考察しています